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2013.04.04

仏陀、ルンビニについて語る。そして仏陀の死後ルンビニは…(第二回/全三回シリーズ)

仏陀は80歳で入滅を前にルンビニについてこう予言しました。
「*アーナンダ、私が生まれたこの場所は信仰深きものによって、見るべきところであり、無常という摂理への認識と理解を起こさせる所だろう。アーナンダ、この場所でもし彼らがここからの信仰を持って、巡礼の旅の途中で死なねばならぬとしたら、死後そして肉体が滅びた後、良き目的を持って幸運な天界に生まれ変わるだろう。」
*仏陀のいとこで、仏陀の10大弟子の一人。

仏陀の死後ルンビニは、信仰と献身、平安と心の純化を求める人々が近くから遠くから、絶え間なく訪れる、仏教徒の巡礼のための重要な場所となりました。
アショーカ皇帝や中国の仏教僧にネパールのナガラジャ王朝の王子リプ・マラ、と何世紀もの間巡礼者達は、仏陀が生まれたルンビニ庭園のその地を敬いました。
だが、ヒンズー教の復活とモスラムの侵入といった中世の宗教的混乱、あるいは自然災害のためか、この聖地はおろそかにされ、14世紀から500年もの間忘れられていきました。

しかし、仏陀の偉大なメッセージは生き残り、何世紀も経て重要性が増し、19世紀に入り、様々な調査や発掘がこの聖地で行われました。1896年12月1日、A・フーラー博士とガドガ・シュムシャー・JBRによって、アショーカ石柱が再発見され承認されました。石柱が再発見され、有名な碑銘が解読され、学者達は益々ルンビニでの調査活動に興味をもちました。

次回は調査活動が進んだルンビニが、観光事業の一環として、現在どのように開発されているかをご紹介します。

  • photo
    (c)Basanta Bidari
    仏陀の埋葬
  • photo
    (c)Basanta Bidari
    アショーカの石柱と碑銘

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